円谷幸吉(つぶらやこうきち)の遺書全文!校長が結婚を破断か?

話題

こんにちは!ヨシオです!

大河ドラマの「いだてん」に「円谷幸吉」が登場し話題になっています!

今回は「円谷幸吉」について調査してみました!

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円谷幸吉の遺書全文

1968年(昭和43年)の1月9日に、「円谷幸吉」がカミソリで頚動脈を切って自殺ているのが発見されました!

遺書が残されており、その全文がこちらです!

父上様母上様 三日とろろ美味しうございました。干し柿 もちも美味しうございました。
敏雄兄姉上様 おすし美味しうございました。
勝美兄姉上様 ブドウ酒 リンゴ美味しうございました。
巌兄姉上様 しそめし 南ばんづけ美味しうございました。
喜久造兄姉上様 ブドウ液 養命酒美味しうございました。又いつも洗濯ありがとうございました。
幸造兄姉上様 往復車に便乗さして戴き有難とうございました。モンゴいか美味しうございました。
正男兄姉上様お気を煩わして大変申し訳ありませんでした。
幸雄君、秀雄君、幹雄君、敏子ちゃん、ひで子ちゃん、
良介君、敬久君、みよ子ちゃん、ゆき江ちゃん、
光江ちゃん、彰君、芳幸君、恵子ちゃん、
幸栄君、裕ちゃん、キーちゃん、正嗣君、
立派な人になってください。
父上様母上様 幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません。
何卒 お許し下さい。
気が休まる事なく御苦労、御心配をお掛け致し申し訳ありません。
幸吉は父母上様の側で暮しとうございました。

 

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円谷幸吉の自殺は校長が結婚を破断したことが原因?

「円谷幸吉」の自殺の原因は、様々な周りの環境にあったようです!

円谷幸吉は、1964年の東京オリンピックのマラソンで銅メダルを獲得し、次のメキシコシティオリンピックでは金メダルを期待されていました!

次のオリンピックのメダル獲得のプレッシャーの中、円谷幸吉は自衛隊体育学校でコーチである「畠野洋夫」と共に日々の練習に励んでいました!

しかし、ある人事異動が環境を一変させてしまいます!

コーチとの二人三脚の練習を理解してくれていた自隊校校長の退任です!

後任の校長は自衛隊員としての規律を重んじ、練習などに理解を示してはくれませんでした!

また、婚約者との結婚が決まっていた円谷幸吉は、式場や温泉への新婚旅行も決まり、ダイヤモンドの指輪を買い、結婚の段取りは全て整っていたにも関わらず「メキシコがあるのにまかりならん」と、新任の校長が破談に追い込んでしまったそうです!

結婚許可を必死に迫ってくれたコーチの「畠野洋夫」も左遷されてしまいました!

プレッシャーから練習過多になってしまい、それを止めるコーチがいないため、持病の腰痛は限界を向かえていたそうです!

次のオリンピックのメダル獲得のプレッシャー、結婚破断、恩師であるコーチの左遷、持病の悪化、
「円谷幸吉」の精神は限界にきていたのだと思われます!

まとめ

今回は大河ドラマの「いだてん」に登場して話題の「円谷幸吉」について調べてまとめてみました!

  • 円谷幸吉の遺書は、家族に向けた感謝と謝罪文だった
  • 円谷幸吉の自殺の原因は、次のオリンピックのメダル獲得のプレッシャー、結婚破断、恩師であるコーチの左遷、持病の悪化などの周りの環境だと思われる

いかがでしたでしょうか!

今と違って国民からの期待は想像を絶するものだったと思います!

この先もこのような方がいたという事は忘れないようにしたいですね!

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